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いとも優雅なる中世の小宇宙 内藤コレクション写本展 7月29日

 

7月の始まりの頃

上野の国立西洋美術館で開催の西洋写本展に行きました。

 

 

あ、あつい・・・。

でも上野の公園口はすっかり整備されて横断歩道を待つ必要もなく

あっという間に美術館に到着しました。

いえ、以前から西洋美術館は駅から一番近い場所でしたけれど

そうは言ってもこのスムーズさは段違いに快適です。

 

 

タイトルにある「内藤コレクション」とは

この一連の写本コレクションを寄贈なさった方で、

筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授の内藤裕史氏とおっしゃるそうです。

 

さて、展覧会で展示されている写本は

いわゆる「羊皮紙」(獣皮紙)に顔料で彩色し金箔を施したもので

元は本の1ページでしたが後世に切り取られたもの。

額縁に納めて展示されています。ほとんどの作品が写真撮影可!

 

▲北イタリア・パヴィアの教会所蔵だったミサ聖歌集の一葉。

 

このシワシワな感じがいかにも「羊皮紙」でドキドキします。

金も彩色もとても美しく残っていて感動します。1480年頃の作

560年前に作った人々が、いるのですなぁ。

パヴィアのサン・サルヴァトーレ教会のために作られた本の一部とのこと。

小さな穏やかな街パヴィアのこの教会、訪れたことがあります。

あそこに在った物が流れ流れて日本に。

場所も時も遠い遠い離れたところ。

不思議な感覚です。

 

その他にも気になったものと言えば

 

 

これもフランス15世紀の写本画家であるジャン・コロンブの作品です。

この人物の顔を見れば「あ!コロンブ!」とすぐに分かる。

なぜかと言えば、かの有名な「ベリー公のいとも華麗なる時祷書」の

画家のひとりだからです。

ランブール兄弟が制作半ばで亡くなった後を継いだのがジャン・コロンブ。

「ベリー公の華麗なる時祷書」を見るたびにランブール兄弟と

コロンブの力量の差が気になって(ちょっとがっかりして)いたのですが

コロンブさん、すみません。

実物のコロンブ作品は輝くような美しさでした。

マリア様の表情も背景も、イエス様がヨセフを見上げる眼差しも、大変に厳かでした。

 

他にも沢山の作品が並びます。

 

▲聖歌集・・・どんな曲なのか聞きたい。

 

▲ひたすら可愛いったらない。

▲力強くてカッコ良い!

 

これからいらっしゃる方も沢山と思いますので

ネタバレはこの辺までにします。

とにかく小さな世界がずらりと並んでいて、見て回るのに時間がかかります。

虫眼鏡ご持参の方もいらっしゃいました!

集中力と体力と時間と、すべてに余裕があるときに

満を持しての訪問をお勧めいたします。

 

最後に

 

 

これらの写本を人生を懸けて収集された内藤先生は

ほぼすべてのコレクションを西洋美術館に寄贈されましたが

上記の一枚はいまもデスクに置いて毎日を過ごしていらっしゃるとか。

後日に図版でこの作品を探しましたが、どうやら掲載されていないようです。

これは内藤先生だけの、大切な思いと歴史なのでしょう。

 

この展覧会は8月25日まで開催です。

暑い時期ですがお勧めです。

わたしももう1度行きたいと思っています・・・。

 

 

ラテン語額縁の使い方 7月25日

 

ジュエリーブランドgermedeur の kanekoさんから頂いた

ご注文額縁は無事完成してお届けいたしました。

先日はグラッフィート(搔き落とし)が

終わった時点までご覧いただきましたが

いつものように古色をつけてアンティーク調にします。

 

 

上の写真、左が今回のラテン語額縁

右は以前に作ったことわざ額縁です。

ラテン語額縁はまだ黒々として金もピカピカですが

ことわざ額縁の擦り切れコッテリ仕上げを目指します。

 

 

スチールウールで擦って傷をつけ

ワックスでこってりと汚しをつけてお化粧。

 

 

さぁ、完成しましした。

この額縁は黒い別珍布を貼ったボードを額装して

いわばお盆のように平らに置いて

ジュエリー展示に使っていただく予定です。什器ですな。

 

額縁にもいろいろな使い方があります。

絵や写真などを入れるだけではなくて

アイディア次第でぜひご活用いただければと思います。

 

 

 

どこもかしこも 7月22日

 

先日、ドイツ人でベルリン在住の友人Kと電話していたのですが

彼女は自分のお店(自作の革製品を販売するお店で奥は工房になっている)

を閉じようと思うとの話。

あんなに頑張っていたし楽しそうにしていたのに、なぜ?と聞くと

「お店のある通りは今はほとんどのお店が閉めてしまった。

人通りも減ったからお客さんも来ないし、

賃貸料の支払いも大変だし・・・」

 

Kはネットでの販売もしていますが

「2018年頃は売れ行きがすごく良かったけれど、コロナ後は全然。

食品の価格も倍になったし、3つ目のバッグを買う人はいないのよ。」

との事でした。

 

 

ミラノ在住でフィレンツェ留学時代の友人Fの話。

彼はとても有名な家具修復工房の3代目で

腕も人柄も良くて安泰と思いきや

「いわゆるクラシックな古い家具って大きいから広い家が必要だけど

若い人はもう大きな家に住む余裕は無いしね。

それにこうした家具は時代遅れでもう好まれないからさ、

今ある修復の仕事はすべて以前からのお客さんで

それもお年寄りばかり。

彼らが亡くなったら家具は二束三文で売られちゃうか

捨てられるだろうね。」と言っていました。

超絶技巧で作られた家具、昔は箪笥2竿でマンション一件分の価格でした。

今まで繰り返し修復し大切にされてきたけれど、それらも顧みる人が居なくなる。

時代の流れ、と言えばそれまでだけど。

 

 

どこもかしこも(ドイツとイタリアだけですが)

嬉しい話はあまり聞けません。

バイデンさんとトランプさん、ゼレンスキーさん、プーチン氏、

イスラエルとパレスチナ、その周辺、そして中国、北朝鮮。

他にもわたしが知らないだけで、もめ事は尽きない。

 

回りまわってわたしたちの日常も不穏ですね。

どうしてこうなってしまったのだか。

考えても考えても、じゃぁこうすればよい

という答えは見つかりません。

 

 

額縁の作り方 グラッフィートの下描きをどうするか問題 7月18日

 

先日ご覧いただいたラテン語フレーズを入れた

額縁の装飾過程をすこし。

 

箔の上に卵黄テンペラ絵の具を塗って乾いたら

絵の具を掻き落として箔を見せる

「グラッフィート graffito 」という技法です。

もう何度もご紹介しておりますので

ご興味があればぜひ続きをご覧ください。

 

さて、ボローニャ石膏地にカーボン紙で

デザインを転写しまして、これをニードルで線彫りします。

グラッフィート装飾は、基本の方法としては

この線彫りはしません。

石膏地に箔を貼り磨き、

まっさらな箔地にテンペラ絵の具を塗り、

乾いたところに模様を転写して掻き落とします。

わたしは何故に石膏地に線彫りするのか

(ひと手間増やすのか)と言いますと、

線があることで薄っすらと凹凸と陰影が出来て美しいと思うこと。

それから、テンペラの上に転写する必要がありませんので

カーボン紙等の跡が残らないこと。

 

 

上の写真は搔き落とし開始の様子です。

黒い絵の具層の下に金箔があります。

薄っすらと文字の線彫りが見えていますので

このラインをなぞります。

今回は黒ベースですので黒色の上にカーボン紙を使っても見えませんし、

例えば白いチャコペーパー等使って跡が残ると厄介です。

逆に明るい色のテンペラを塗って、その上に転写する場合でも

やはりこの転写跡ってとても気になるのです。

完成度がぐっと落ちてしまうような。

そんな訳で、ひと手間増えてもこの方法が気に入っております・・・。

 

 

さぁ、グラッフィート(搔き落とし)が終わりました。

あとは古色仕上げをして完成でございます!やれやれ。

 

 

子どもに与えるもの 7月15日

 

イタリアの美術館で、可愛らしい小さな額縁に入った聖母子像や

教会で使う道具のような美しい小物が展示されていました。

かわいいなぁ・・・と単純に眺めていたのですが

後から聞いたところによりますと

 

 

その昔、貴族の次男は家督を継げないので僧侶になり

教会のヒエラルキーで上位を目指す、

そして生家に利をもたらす・・・という道が敷かれていたとか。

将来が決められていた子供たち

幼いころから教会の「お道具」などを模ったおもちゃを与えられ、

馴染まされていたのですって。

将来、実際に教会の聖具に触れても違和感なく受け入れられるように。

 

 

それを聞いて以来、単なる「美しい小さなもの」と

鑑賞できなくなりました。

そして後から、実は結構な驚きとショックを受け

でもどこかで納得したことに気づきました。

この美しい「遊び道具」にまつわる様々な思い、

人々の・・・特に両親の心境、

イタリアの文化と芸術と宗教などなど、

連綿と続いた物語に思いを馳せたのでした。

 

 

それを「ど忘れ」と言って良いのか 7月11日

 

昨日の午後、魚ニカワ液をつくろうと思ったのでした。

このニカワ液は、古典技法の箔貼りにいつも使っているので

もう何百回と繰り返し作っています。

板になっている乾燥ニカワを小さく刻んで水にふやかし

翌日に湯煎で溶かせば完成です。

 

 

上の写真、右のシート状のものが魚ニカワ。

製菓で使う板ゼラチンとそっくりです。

左の瓶は魚ニカワを水に漬けたもの。

 

で、ですね・・・。

この何百回も作っているニカワ液ですが

1リットルの水に魚ニカワ4枚というのが大体の決まりと言いますか、

わたしがイタリアの学校で習った分量です。

昨日「さて作ろう」とおもったのですが、はて・・・。

突然、本当に突然この分量が思い出せなくなりました。

あれ、水1リットルに1枚だっけ?え、250ミリリットルに1枚だっけ・・・?

 

ネットで検索してみたら自分が昔書いたブログに行き当たり

無事に1リットルに4枚と確認できた次第です。

そうだそうだ、そうだった。

昔のわたし、書いてくれてありがとう・・・。

 

だけど、ニカワ液が作れて安心しつつ

自分の脳を心配しつつ、なんともドンヨリした午後でした。

いやはや。

 

 

美しいラテン語 7月08日

 

完成間近になっている額縁は、ラテン語装飾です。

ジュエリーブランド「germedeur」のkanekoさんからのご注文

ジュエリー展示に使っていただけるように作っております。

 

昨年「ことわざ額縁」と名前を付けた額縁を

ご覧になったkanekoさんが、

ガラスケース内で使えるサイズで文字を入れて・・・

とご注文くださり、さて文章はどうしよう?

ご相談を重ねました。

 

▲満を持してラテン語文章の装飾を額縁に転写する。

 

アルファベットの文章で、ぱっと見て意味は

すぐに分からない言葉(英語でもフランス語でも無くて)・・・

で、ラテン語に収まりました。

kanekoさんが日本語で文章を作り自動翻訳でラテン語に訳し

じゃぁこれで行きましょう!となったのです。

が、ご存じのように自動翻訳ってまだまだ危うい・・・

額縁を作り始めてしまったら

文章を変えることはとても難しい。

ここはひとつイタリア人に尋ねるが吉。

 

そうしましたら案の定「ええと、言いたいことは分かるけど

文章として微妙というか美しくない。」とのこと。

添削してもらいました。

 

kanekoさんによる日本語文章

「ジュエリーを通じて希望と喜びを分かち合う」

これを自動翻訳では

「Spem et laetitiam per ornamenta participes sumus」

そして添削後

「Spei laetitiaque per ornamentum participes sumus」

 

構成の変更はなかったけれど、小さな言い回しなのか

単語の活用など変更されていました。

(変更理由など説明してくれたのですが

わたしのイタリア語能力ではいまひとつ理解できず!)

ハッキリ言ってよー分からんのです・・・。

とにかくこれで「正しくてエレガントなラテン語」になったはずです。

 

イタリア人にとってラテン語は

どんな位置なんだろうと、つねづね思っていました。

日本人にとっての古文?もっと近いのか遠いのか。

きっとある程度勉強したり興味を持っている人なら

読んで理解はできるでしょう。

でも作文や添削となると別、と言った感じです。

そして「より美しい文章」となると、これはぐっと難しくなる。

 

このイタリア人の友人には感謝です。

きっと高校時代は頑張って勉強したんだろうなぁ・・・と思います。

 

 

CHAOS & ORDER 7月04日

 

先日ご覧いただいた楕円形額縁は

無事完成しましてお客様にお届けいたしました。

 

 

ご注文くださったのは刺繍作家の坂田あづみさんです。

リンクからぜひ彼女の作品と世界をご覧ください。

 

 

坂田さんのお話によると、ご自身の作品には

楕円形額縁が一番しっくりくるとのこと。

正円だとバランスがとり辛いそうです。

でも四角でもない・・・。

そうした、作家だからこその感覚はとても理解できます。

こればっかりはご本人次第、

そしてこうした感覚が一番大切だったりします。

 

9月に坂田さんは個展を控えていらっしゃるそうで

この額縁もその時にお使い下さる予定です。

その際にはぜひ、作品と一緒になったこの額縁もご覧ください。

またご案内いたします。

 

額縁外側寸法:217×166×20mm

木地にボローニャ石膏、パスティリアと点打ちで模様と文字装飾。

赤色ボーロに純金箔水押し、メノウ磨き。

側面に黒アクリルガッシュで彩色、ワックスによる古色仕上げ。

 

 

あなたは何て呼ばれたい? 7月01日

 

わたしの名前は、ハルコと言います。

アルファベットで書くと HARUKO となりますが

イタリア語では H を発音しません。

HAHIHEHO(はひへほ音)はほぼ全て AIEO の母音のみになる。

で、わたしの名前は彼らイタリア人にとっては大変発音し難いようです。

大抵の人たちは「アル~ゴ~」と、ルにアクセント

そしてなぜかコはゴになることが多くて

ちょっと笑っちゃって楽しいのだけど、釈然としません。

るこ、と呼んでください」と一度だけ説明して

きちんと呼んでくれている人は数人います。

とても嬉しい。

 

ちなみにわたしの工房名というか屋号というか・・・

「KANESEI」かねせい、ですが、こちらは

イタリア人の皆さんには違う意味で難しいのかもしれません。

イタリア語で CANE は犬、SEI は助動詞の二人称単数

「Cane sei」と言うとつまり「お前は犬」と言う意味に取れます。

そしてCane は犬の他に「嫌なやつ、無能なやつ、情け知らず」

というような悪い意味もあって、ううう

イタリアで「Cane sei!!」カネセイ!と誰かに向かって言ってはいけません。

 

 

フィレンツェでわたしの小箱を扱って下さるお店 Eredi Paperone で

わたしの小箱解説にはKANESEIの文字は無くて、

わたしのフルネームでご紹介くださっています。

最初は「なんでかな、屋号は知らせたはずだけどな・・・」と思っていたのですが

ある時に「もしかして」と気づいたのでした。

わたしはあえて尋ねませんし、お店の皆さんは何も仰いません。

ただ屋号は使わず名前で紹介してくださっている。

そこに皆さんの優しさを感じます。

 

ずいぶん昔、留学時代に友人Lは愛称といいますか

短くした呼び名で呼ばれていました。

わたしも同じように呼んでいたのですが、ある日Lが

「・・・その呼ばれ方、本当は好きじゃないんだ」と

ボソッと、でもきっぱり言ったことがありました。

その日以来、彼の名前は短くせずにきちんと呼ぶことにしたのでした。

 

呼び名、呼び方って難しい。

それは自国でも外国でも同じことなのですけれど

相手に敬意を持っていれば自然と「お互い気持ちの良い呼び方」

に導かれていくのだから、何も難しいことは無いのだな

・・・と思っています。