diario
イタリア人にする。 9月30日
フラ・アンジェリコの天使模写を
続けておりますが
顔を描きながらいつも悩みます。
イタリア人になかなかならない。
どうにも日本人顔になるのです。
▲製作途中の図。
まだまだ陰影も色味も足りずのっぺり。
聞いたところによりますと
フラ・アンジェリコに限らず
顔を描くとき(模写も含めて)
無意識に自分の顔に近くなるとか。
ちなみにわたしは見本のような一重瞼で
まったく陰影のできない顔です。
いわゆる「平たい顔族」の典型。
幼いころ、父と母に真剣なまなざしで
「平安時代に生まれるべきだった顔」
と言われた衝撃が忘れられません・・・。
この天使の顔は、なんとしても
イタリア人にする所存であります。
わたしは何する人? 9月27日
先日、親しい友人と話していたときのこと。
彼女いわく「この間、職場であなた(わたし)の
ことを話したのよ、小箱作家の友人がいるって。」
小箱作家?
それはわたしのこと?
ふぅむ、そうか、小箱作家か。
もうずっと前から、それこそ
額縁を作りはじめたころから、出会う人に
「肩書はなに?」と聞かれるのです。
額縁職人? 額縁作家?
フレームアーティスト??
フレームビルダー???
いやいや、違う、しっくりきません。
額縁を作るし、修理修復するし
額縁の作り方を教えてもいます。
Tokyo Conservation のスタジオで
絵画修復の仕事もしますし
黄金背景テンペラ画の模写を販売したり。
最近はもっぱら小箱ばかり作っている。
結局「肩書きは決めていません。」と
お答えすることにしています。
額縁や絵画周辺の仕事をしていて
古典技法が得意、といったところ。
その中に「小箱作家」的な作業も
含められますからね!
決める必要はないのかな、と思ったり。
だけど。
・・・やっぱり肩書き、必要ですかね??
小箱5 9月23日
今日ご覧いただく小箱は
金箔ではなく彩色で仕上げたもので
天平時代の模様をいれました。
奈良東大寺の法華堂から拝借しました。
▲それぞれ小箱の厚みが違います。
いちばん厚い(高い)紫小箱には
内側に白い別珍を貼りましたが
薄い青と桃色は桐の白木のままで。
このふたつは・・・もしかしたら
お茶の香合に使えるかも
と思ったのです。
手のひらにちょうど乗るので
サイズも良さそう、と思っています。
いかがでしょうか。
そしてどうなった製麺機 9月20日
先日お話しました製麺機のその後
でございます。
無事にデュラムセモリナ粉と
イタリアのパスタ用強力粉を入手しまして
いざ、初の手打ちパスタの日です。
セモリナ粉100g 強力粉50g 薄力粉50g
卵2個にオリーブオイル少々、塩ひとつまみ。
▲黄色いのがセモリナ粉です。
凹に卵を割り入れたら、すでに土手崩壊・・・
粉はお菓子のようにふるう必要も無く
フォークで卵を溶きつつ粉と混ぜます。
▲大学時代、彫刻家のアシスタントバイトで
習得したはずの菊練りを試す。微妙。
10分程度こねたらラップにくるんで
冷蔵庫で数時間寝かせます。
その間にラグーソースを作りましょう。
▲ラグー?いや、ミートソースでございます。
シイタケやお醤油入り。
ラグーアッラジャッポネーゼ・・・なんちゃって
いよいよ満を持して製麺機の登場。
生地を1センチ厚に切って、まずは伸ばします。
伸ばして畳んでまた伸ばす、を繰り返して
きしめん用の刃でカット。
▲パスタっぽいものができた。
打粉をたっぷりしてしばし乾燥タイムです。
▲くるりとまるめるべきだったか?
思ったより麺の本数が少ないような。
そうして夕飯、渾身の一皿です。
美味しかったか、ですか?
ええと、そうですね
ミートソースが美味しかったですよ!
▲麺は、これはどう見ても
う・ど・ん・・・
それはそれはアルデンテなパスタ。
硬くてアゴが疲れました。
敗因は、生地をカットする前に
薄く延ばす段階で、もっと薄くするべきでした。
厚さ調節7段階の3にしたのですけれど
もっと2とか、いっそ1でも良いくらい!
本数が少ないと感じたのはただひたすらに
分厚かっただけなのでした。
ちなみに、茹でた麵は翌日になっても
まったく伸びないし柔らかくならない。
さすがセモリナ粉と強力粉!
と変なところで感動しました。
ううむ、これで引き下がると
武士が廃る。
粉もまだあります、再チャレンジ近し。
乞うご期待であります・・・
やっぱり天使が描いた天使 9月16日
今年2021年の秋もまた
「小さい小さい絵」展に出品する
ちいさなテンペラ模写を作っています。
黄金背景テンペラ画は、なんと言いますか
「描く」より「作る」がしっくりきます。
支持体の板を切り、ニカワを塗り
ボローニャ石膏を塗り磨き
ようやく下描きをしたら
ボーロを塗って金箔を貼り磨き
装飾を入れて・・・さて。
最後の最後に卵黄メディウムを作って
絵を描くのです。
描く作業は全体のほんの僅かなのです。
今回はフラ・アンジェリコの天使を
2枚作ることにしました。
フラ・アンジェリコは学生時代から
ずっと何度となく模写していますが
その度に新たな発見があって驚きます。
まぁわたしの観察眼が及ばない
と言う証拠でもありますけれども。
初心に帰る、原点回帰です。
今回下描きをしていて思ったのは
フラ・アンジェリコの描く人物(天使含む)は
三白眼が多いような気がする。
一般的に三白眼ってあまり人相が良くない
きついイメージを与えがちですけれど
フラ・アンジェリコの絵は
その三白眼から、厳かさや人間を超えた者
としての表現を感じたりしています。
美味しい版画を 9月13日
今年の夏、誕生日に父が
製麺機をお祝いにくれました。
いわゆるパスタマシーンです。
箱には「製麺機」とあって
美味しいうどん、きしめん、中華麺
ワンタンや餃子の皮も
自宅で作れる、とあります。
もちろんパスタも作れると。
テレビで、イタリアの家庭で手作りパスタの
シーンを見るたびに「ほしいなぁ」などと
つぶやいていたのを父が聞いてくれたのでしょう。
製麺機をもらったとき、わたしは
もちろん「わぁ!」と喜びました。
なにせずっと前から欲しかったものです。
わたしが「これで版画ができる!」と言うと同時に
父は「これで美味しいの作ってくれ~」と。
ふたりで
「え、美味しいの・・・?」
「え? 版画?!」
としばし固まりました。
目的が違う。
パスタマシーンで凹版画ができると
知って以来、気になっていたものですから。
とは言え、これはやはり贈り主の希望を汲んで
まずは美味しい(できるかどうかは謎だけど)
タリアテッレやラビオリ製作など
することにいたします。
パスタ作りと版画刷りと
同じ機械で同時に、ってわけには
やっぱり行きませんかしらね。
版画はすこし先にして、まずは
製麺に特化してチャレンジです!
そこにあるから。それで良い。 9月09日
2020年春に世界が大きく変わって以来
わたしが打ち込んでおりますのが
小箱作りなのですが
完成した小箱もだいぶ増えました。
作りはじめた当初はべつに
こんなに作りためるつもりも無く、
楽しいし無心になれるし
合間あいまの娯楽、なんて感じで
「打ち込む」つもりもありませんでした。
でも気づけば生活のペースも心模様も変化し、
思うように活動できない毎日で
とにかく無心になれる小箱づくりは
わたしに必要な作業になりました。
そして今、逃避としての制作の時期は過ぎて
ただもう「そこに小箱があるから」作る。
そこに山があるから登る
といった心境になっております。
それで完成した小箱は
いま手元にあるもので大小66個
制作中をふくめると、ちょうど70個。
改めて数えてみて、ちょっと達成感です。
横で家族が(呆れて笑いながら)
「それでどうすんのぉ・・・その小箱・・・」
と言っており。
そうですなぁ。
画廊やお店で展覧会と言っても
この秋~冬はおそらくまだ無理かも。
それならそれで、なにか
発表するなり売るなり考える時期が来た。
ネット販売・・・でしょうか?
ううむ、まずは調べて比較して
具体的にする必要があります。
なにせ無知極まれり、ですので。
ああ、だれかに任せたい!と叫んでも
誰もいませんからね・・・。
どなたか販売して下さる方が
いらっしゃいましたら
ぜひご連絡くださいませ!
「こんなに作ってどうすんの」ですが
理由も無く作ってしまうのです。
物を作るって、そんな感じで良いんだと思います。
Firenze 2020-25 9月06日
わたしの大好きな美術館のひとつに
捨て子養育院美術館があります。
その名の通り、以前は孤児の養育施設でしたが
現在は子どもの活動支援組織のオフィス
そして美術館になっています。
小さな子どもを連れたお母さんがいましたから
親子教室が開かれたりしているのかもしれません。
ドゥオーモと同じブルネレスキの設計した建物で、
現在、1階は養育院の歴史などの展示解説、
2階からギャラリースペースになっています。
所蔵作品もジョット、ギルランダイオなど
目白押しなのですが、それはさておき。
ギャラリー部分の一角、入組んだ場所に
不思議な部屋がありました。
ギャラリーから数段下がった部屋は
真っ暗で、何やら等身大の人形と
照明された箱が並んでいます。
しんと静まり返った部屋のなかに
ぽつりぽつりと光りながら並んでいるのです。
ちょっと立ち入るのを躊躇するような。
だけど不思議なもの見たさに引き込まれる。
その箱には、どうやら聖書の一場面や
聖人の歴史などを再現している様子。
なのですけれど。
▲右下に見えるのが等身大の人形。
おそらく養育院時代の養母さんのようです。
なにせ暗くて不気味・・・と言っては
いけないのでしょうけれど
古いお人形って存在感が強いこともあって
なにか異次元や異世界を感じさせます。
▲蛍光灯的な青白い照明は影も冷たく強くて
物音もしない凍てつく深夜の緊張感・・・
と言うようなイメージを醸し出す不思議
この展示品は、その昔に子供たちが
作ったものなのかもしれません。
または子どもたちに聖書の教育をするため?
寂しがる子ども達を慰めるために寄付された?
解説が無くて(暗くて見つからなかった)
分からなかったのが残念。
よく見てみれば、マリア様だったり
当方三博士の礼拝シーンだったり
(十字架降下もありますけれど)
怖さとは程遠い内容のはず、なのに
なぜ暗い中に展示するのでしょうね。
舞台装置的なイメージで展示しているのかな?
▲いまこの写真で振り返れば
この箱の彫刻や細工も素晴らしい。
あの時は見る余裕がありませんでした。
だけど、だけど。
いやはや。不思議な部屋でした。
一緒に行った人は、部屋の外から
ちらりと覗いて驚いた様子、
最後まで足を踏み入れないのでした。
夏は終わったか、正月はまだか 9月02日
もう2021年の終わりが見えてきました。
そんなことはない?
早すぎますか?
ようやく暑さが納まってきたところで
まだ夏の終わりだよ!・・・でしょうか。
でも気づけば正午の影がすこし長くなって
雲が薄く遠くなってきました。
石膏液やニカワ液を庭の日差しで
溶かし温めることができなくなって
(これぞエコロジーであります。)
金箔を磨き始めるタイミングが
早くなってきた、ように思います。
金箔が暑苦しく見えなくなってきた時も
「夏のおわり」を感じたりして。
▲小箱は同時にいくつかつくります。
奥にあるのは先日のお姫様じゃなかった小箱
名付けて「陰謀の小箱」
そうして「あら、秋本番だわね、爽やか!」
なんて言っているうちにすぐ木枯らしが吹いて
ビールより赤ワインや熱燗が欲しくなって
街にクリスマスの広告があふれたと思ったら
お正月のお節作りを考えなければ・・・
と言うことになるのですよね。
毎年のことですけれども。
季節の移り変わりは、わたしは
空と庭の変化と作業の進み具合で
ある日気づくことが多いようです。
すこし気が早く「2021年のおわり」に
心が持って行かれそうになっても
だからと言って何かを急いで始めるとか
あれもこれもしていない・・・と
後悔するとか、そういう気持ちには
ならずに日々を過ごそうと思います。
すこやかで穏やかな秋をお迎えください!