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古いもの、古い魂 7月20日

 

わたしは両親の影響があってか

昔から古いものが好きです。

今では骨董市に行ったり、

出先で骨董店や古書店を見つけると

ついつい立ち寄ります。

このブログ「diario」にも

「古いもの」というカテゴリーを作っています。

そんなわけで、我が家には家具、食器、

道具や本、アクセサリーなど

新しいものより古いものが多くなりました。

 

だけど古いものって、当然ながら

わたしの前に持ち主がいたということですよね?

中学の時にわたしが着ていた古着のダッフルコートに

友人が「でも、古いものって、怖くない?」

と遠慮がちに言いました。

深く考えず「古いもの」を受け入れてきたけれど

そうか、前の持ち主ってどんな人だったのだろう。

なぜ手放すことになったのだろう。

大切にしていたのかな。

手放したくなかったのに、やむを得ず手放した?

それとも、亡くなったから・・・?

 

「古いもの」に宿った「古い魂」があるならば。

霊とか気とか、念とか怨とか・・・

それはとても、とても恐ろしいことですね。

あるいは悲しいこと、寂しいこと、でしょうか。

わたしのものなのに、なぜおまえがもつのだ・・・?

そのような思いでしょうか。

 

古いものだからこその魅力も抗いがたい。

「古い魂」が辛く思わないように

大切にすればきっと許してくれるでしょう。

 

霊感も無く、妄想好きなわたしです。

今後もあまり深く考えずに。